2012年10月2日火曜日

韓国を食べる・その2


今現在、目には見えない圧迫感を感じながら生きている。
このあいだ「独島についての緊急愛国教育」が体育館で行われた。授業をとりやめ全校生徒が集まって「教育」を受けた。
  先週には、「独島教育ビデオ視聴」が各教室で行われた。そして「独島愛作文」の時間も設けられ、いずれも授業時間にそれらが行われた。授業より優先的にこれらの「教育」は行われている。
 はっきり言って居づらい。他の先生方が自分に気を遣ってくれているのがひしひしと伝わってくる。生徒も同様だ。「日本・日本人=悪」という映像を見せられた後に日本語の授業で私に出会うのだから当然だろう。

 以前、韓国史の公開授業を見学に行ったことがある。
 授業内容は「日本の植民地支配」であった。私は教室に足を踏み入れたことを少し後悔した。教室前方にあるモニターでは、様々な映像が映されていく。日本人がこの国の人々にどれほど残虐なことをしていたかという内容だ。たくさんの写真も提示される。
 生徒はその画面を黙ってじっと見つめていた。私の方をちらちらと見る生徒もいる。
 韓国史を教える女性教師は時々映像に対する解説を加えていたが、その映像を突然切ってしまった。私の存在をとても気にしていることが分かった。私がいると授業が進められないということが、その教員の表情からも窺われた。
 他の見学していた先生方も下を向いてどんどん退出していった。私はその場にいることが苦しかった。他の先生方が私に気を遣っているのが、その時にあらためて分かった。
 そのことがあって以来、私は「愛国教育」の場には意識的に足を運ばないようにしている。 

 
 その後、私にとって衝撃的なことが起こった。
 私が最も楽しみにしている場がなくなったのだ。その場とは日本語の放課後授業である。突然の廃止となった。これにはさすがに心が折れそうになった。自分が生徒と共に大切にしてきた部活動が突然活動停止になったようなものだ。
 「受講者数が少ないため。」というのがその理由だ。夏休み前までは「一人でも希望者がいれば放課後授業を行ってほしい。」と言われていたのだが・・・。
 
 この放課後授業では一年間様々な試みをしてきた。そして生徒達は驚くほどのスピードで日本語を習得していった。信頼関係をつくることができた生徒も何人もいる。残念だ。こんなに突然に・・・。
 今自分はここで必要とされていないということを、さすがに鈍感な私も感じることができた。
 それでも放課後授業を一番熱心に受けていたテミョン君とチョンミン君が職員室に来てくれた時は救われた気がした。今二人には時間を作って個人的に日本語を教えている。

 
 まぁいろいろとあるが、仕方ない。
 ところで昨日まで韓国は「秋夕(チュソク)」。日本のお盆のようなものだ。秋夕前日に地元の市場に行ってみたが、大混雑であった。ニュースでも帰省ラッシュで高速道路が大渋滞になっている様子が映し出されていた。街もたくさんの店が休みになっていた。
 
 久しぶりにみんな故郷に帰り、家族でのんびり過ごしているようだ。
 韓国の人々は本当に家族の時間を大切にする。どんなことよりもまず「家族」なのである。この家族意識のあまりの強さに、日本人である私は時として違和感を覚えることもある。だが、韓国人のとても素敵な面であると今では思っている。
 自分は今まで家族というものを本当に大切にしてきただろうかと考えさせられる。
 
 ところで、天気予報の女性も今はちゃんと韓服を着ている。こういうのってやっぱりいいよなぁ。
 
 さて今回も韓国で出会った美味かったものを少しばかり紹介しようと思います。 
 

 
石焼きピビンパム。
 まぁこれは韓国に来なくても、日本でけっこう食べたことがある人は多いと思う。家族でソウルへ行った時に食べた。有名店だったようで、とても美味しかった。だが、客が日本人ばかりでここは日本か?と思うほどであった。私が住んでいる街では「石焼き」は見かけない。しっかり混ぜて食べるべし。これについてくるスープがまた美味しいのだ。



 これは牛すじの煮込み。いや、骨付きカルビの煮込みだったか?キム先生に招待された時のもの。その時日本からの客人2人もいた。あの2人は風のように現れ、そして去って行った。
 肉がとろけるというのはこういうことをいうのだなぁと思った。それほどしっかりと煮込んであった。味付けは洋風で、つかの間、韓国の味から離れることができた。


 
 タスギタン。
 先輩に連れられて時々行く店。この泥のようなスープ。・・・本当に見た目は泥なんです。川で採れるタスギという貝からダシをとったスープである。この中にごはんをぶち込んで食べる。韓国はとにかく鍋料理やスープが美味いんだけど、これは私が好きなスープのベスト3には入ってくる。味は説明できない。体に優しい感じの味なんだけど、どう言葉で表現したらいいだろう?食べてみるしかないです。とりあえず一口どうぞ。そのスプーンを手に、さあどうぞ。
 
 
 
 
 いろんな魚(タラなど)を煮込んだスープ。
 これも先輩達に連れられいった店。私が今住んでいる街は川と海が近いため、とにかく魚料理が多い。刺身ももちろん美味しいんだけど、鍋でグツグツ煮込むとなんとも言えないダシが出て美味なのだ。これをみんなでつついて食べる。「みんなで一つのものを食べる。そうして家族のようにつき合う。」・・・これが韓国なのだ。
 
 
 
 職場には様々なところから食べ物が届けられる。お菓子や餅や果物が多い。保護者からのお礼とともに届けられることがほとんどだ。「おかげさまで~会社に合格することができました。ありがとうございます。」という感じで。そしてそれらが各机に配られる。私の机にも何かしらいつも置かれている。お供え物のように・・・。
 
 
 
 これは何だか分かりますか?職場のボス達に連れられて行った店で。
 左は豚の皮膚です。右は鶏の足先です。コラーゲンたっぷりの料理。これを焼くとなんとも言えない香ばしい香りが広がります。焼酎やビールが最高に合います。ただ韓国人でも苦手な人がいることが分かりました。私は全く大丈夫でしたが・・・。だけど鶏の足の方はものすごくリアルで食感も独特でした。爪はきちんと取ってあったけど・・・。
 
 
 
 アグウタン。
 私が最も好きなスープである。アンコウの煮込みスープである。スープの味もアンコウの身も絶妙である。グツグツと煮えたぎった鍋が運ばれてくる。これにビールを頼む。私が住む街にも美味しい店があって、先輩達に何度か連れて行ってもらったんだけど、私は釜山にあるこの店のアグウタンの方がレベルが高いと思っている。冬の夜、釜山駅周辺を長時間歩き回ってやっと見つけた店だ。確実に観光客は入らない。絶対にガイドブックには載らない。店の横を通っても、必ず通り過ぎる。それほど目立たない店なのだ。いつも地元の人しか来ていない。そして地元の人は美味い店を知っている。ちょっと風変わりなアジュンマがいる。観光客が来ないっていうのは本当に落ち着く。体の芯にじわーっと染みわたる鍋料理です。
 
 ちょっと今回は料理の臨場感を出すために巨大な写真にしてみました。お腹空きましたか?
 しっかり食べて、しっかり動いて、しっかり寝ましょう。いろいろあるけど何とか乗り越えていきましょう。お互いに。
 
秋ですね。稲が光っていました。黄金色の泉のようでした。
 
 
 

2012年9月26日水曜日

韓国を食べる・その1

 卒業生4人が韓国に遊びに来た。
 私はこの4人の担任でもあったし、部活動の顧問でもあった。このうち3人とは時々会って、懇親会を開いていたが、4人そろって会うのは久しぶりのような気がする。
 4人はそれぞれの土地で、それぞれの仕事について頑張っている。私がうらやましいと思うのは、こうやってこの4人がたびたび会いながら、親交を深めていることだ。たぶん一生続くんじゃないかなと思う。

 私からすると4人は高校時代と全く変わりなく思える。いや、笑えるくらい変わらない。もちろんそれぞれがいろんなことがあって、あの頃よりはずっと大人になっているのだと思う。つらいことも苦しいこともきっとあって、その一つ一つを乗り越えてきたはずだ。だけど私にしてみればやはりあの頃と変わりなく思えるのだ。

 この4人は本当に気さくで、こちらのことを信頼してくれているので、私も全く気を使うことなく話すことができる。とにかく自然体でいられる。自分が自分でいられるというのは、本当にありがたい。そして心の底まで洗われる。


 今、私は韓国で日本語を教えているが、なかなか本来の自分でいられない。深い海の底の深海魚のように自分を押さえつけて日々を過ごしている。それを解放できる性格ならばいいんだけど・・・、なかなかそうはいかない。

 だから4人と話をしながらの食事は、ひさしぶりに「美味い。」と思えた。4人が食べている姿を見ているだけで温かい気持ちになった。・・・そう。見ているだけで幸せな気持ちになるのだ。
 気心しれた者との食事は美味い。やはり仲間や家族と食べるのが一番だ。

 私はこちらではほとんど一人で食事をとっている。
 どの食事も美味いのだが、温かい気持ちにはならない。
 朝は宿の近くにあるユウシン食堂で、ゴミ清掃員のおじさんに交じりながら黙って食べる。昼は学校の食堂で、他の先生方と一緒に黙って食べる。夜は宿でテレビを見ながら一人黙って食べる。ただ懇親会があったり、カン先生に山小屋に誘われた時などは、少しばかり会話をする。だが、本当の自分でいられるわけではない。やはりそれなりに気を遣いながら食事をする。

 とまぁ、ここまで記してきて、ちょっと今まで出会ったおいしいものを紹介しようという思いになった。韓国好きの人ならばおなじみのものばかりだけど、以下に少しばかり記してみる。

















 これは同僚の先生に誘われて行った。魚の名前は忘れてしまったんだけど、たぶんコノシロじゃなかったかなぁと思う。店の前に水槽があり、その場で調理してくれる。右のように野菜に包んで食べてもいいし、コチュジャンやカンジャン(韓国しょう油)で食べても美味い。韓国の人は、まず焼酎をグイッと飲み、これを頬張る。やめられないほど美味いです。
 そして、いつもお金を払わせてもらえない。もう先輩達からは、100回くらいはおごられていると思う。自分がご馳走したのは数回しかない。うーむ。本当にお世話になっている。


 ミルミョン。
 なんとなく小腹が空いているときは、これが一番。市場に出かけ、ぶらりと店に入って食べる。アジュンマ(おばちゃん)が一人でやっている、テーブルが二つあるだけの小さな店だった。だが、味は絶品。こういうなんでもないようなものが、やたらと美味かったりする。地元の人しか行かない店って、やっぱり美味いんだよなぁ。


  
 
 これはキム先生の自宅に招待された時。この他にもいろいろな料理がじゃんじゃん出てきた。そしてどれもこれもやたらと美味い。キム先生の家族とみんなで食事をした。帰るときには、大量の食材が入った巨大なタッパを持たされた。
 
 キム先生は転勤してしまい、私の生活はそれからガラリと変わった。
 それにしても、あんなに前向きに生きている人に初めて会ったような気がする。そしてやたらと情が深いのだ。いろいろなことを学ぶことができた。あの人に出会えたことを本当に感謝している。


 
 これはキジ鍋。
 職場の部長クラスの人に誘われた。肉に歯ごたえがあってとても美味しかった。そしてこの濃厚なスープ。見た目はそうでもないのだが、泣けるほど美味いのである。あのスープのダシの味には参った。これもビールと焼酎がよく合う。やはり偉い人たちはちょっと美味い物を知っているのだ。
 
 
  
 そしておなじみのプルコギ。
 私が住む街の中学、高校の社会の先生が作っているバレーボールサークルがあり、そこに見学に連れて行かれた。半ば強引に。見るだけの約束だったのに、試合に参加することになった。みんなはユニフォームもそろえていて、手にはテーピング、やたらと本格的である。その時、私は、ジーパンにトレッキングシューズを履いていた。どれだけ断っても、「それでもかまわない。」ということでゲームに出ることになった。

 今でも不思議なのだが、その時の私は奇跡のようなレシーブをくり返し、みんなから喝采を浴びた。そして打ち上げにも誘われたというわけである。何故あんなプレーができたのかは分からない。もう二度とできない気がする。だがあの奇跡のようなプレーが、このプルコギにつながったというわけだ。
 味付けは全く辛くなく、甘みがあった。肉がとろけるように軟らかかった。冷えたビールに最高に合うのだ。みんなものすごい勢いで飲み、食べていた。



  カン先生の山小屋に誘われた時はだいたいこのパターンだ。
 食事は全て外。月や星を見ながら肉を炭火で焼く。野菜はカン先生の畑で採ったものだ。
 カン先生はマッコリが大好物。マッコリを飲みながら語り合い、ゆっくりと時間をかけて食事をする。

 以前、大学時代、友人と二人で何度か山や川にキャンプに行った。
あの時も、酒や食べ物がやたらとうまかった。火の向こう側で語り続ける友人の話に爆笑していたのを思い出す。それにしても彼の話は、何故いつもあんなにおもしろかったんだろう?

 満天の星空の下、火を見つめながら友人ととる食事って、・・・なんであんなに美味いんでしょうねぇ?


2012年9月6日木曜日

体の中の海

 六匹の子犬が産まれていた。
 まだまだ幼いと思っていたメス犬は、しっかりとした母になっていた。
 もう風貌から違う。落ち着いている。そして眉間の辺りに憂いのようなものがあり、少し疲れているようにも思える。乳房はしっかりと張り、母親としての貫禄さえ感じられた。
 一方、オス犬の方は、父になったにも関わらず、相変わらず私に飛びついてくる。少し表情が変わったようにも思えるが、やはり無邪気さが残っている。そして自分の子供にはあまり関心を持っていないようだ。
 それでもこの二頭が並んで座っていると、夫婦だなぁと思う。


 彼らは私のことをしっかりと覚えていて信頼してくれているので、赤ん坊を触らしてくれる。まだ両手の中に入ってしまうくらい小さい。抱き上げた赤ん坊の体温は高い。そして小さな胸に耳をあてると心音が聞こえてくる。トクトクトクトク。速い。想像していたよりもずっと速いスピードで、心臓が命のビートを伝えてくる。

 かつて私は、自分の子供がまだ赤ん坊の頃、彼らの心音をよく聞いた。
 ようやく泣き止み、眠りに着く。赤ん坊の胸に耳をあてると、命の鼓動が聞こえてくる。その確かな振るえは、私の耳から入り、やがて私の体全体に染み渡っていく。血流の揺れまで伝わってくる。まるでこの小さな体の中に海があるようにも思える。体の中に波がある。引いては打ち寄せる波の形が目に浮かぶ。このままこの波音をずっと聞いていたいと思ったものだ。


 だから久しぶりだった。
 子犬が私の手のひらの上で身をよじる。私は彼の胸から耳を離し、そっと兄弟たちの中に戻す。子犬は安心したようにまた眠りにつく。
 彼らはまだ一日のほとんどを眠ってすごす。母親が小屋に入ると目を覚まし、乳房にむしゃぶりつく。六匹の子犬は乳房を目がけて身を捩じらせながら突進する。そして乳房に到達すると、急に力を抜き、安心したように乳を吸う。
 しばらくすると母犬は立ち上がり、私の傍にやってくる。頭を撫でてやると気持ち良さそうに目をつぶる。
 子犬たちはもう眠りの中にいる。彼らは今、乳を飲み寝るだけだ。腹を満たし、眠る。眠り続ける。そうやって少しずつ世界を自分の中に取り入れていっている。


 唐辛子の収穫をする。一本一本枝からもぎ取り、丁寧にへたを取る。水洗いし、外に陰干しする。雨が当たらないようにタープを張る。
 私もカン先生もキャンプで慣れているため、あっという間に完成する。二人の動きに迷いはない。そういえば最近、日本でキャンプをしていないな。日本に帰ったら、テントとタープを干さないとな。そんなことをふと思う。

 犬小屋の補修をし、子犬が小屋から出られるようになった時のために、小屋の周りに網を張る。
 オス犬の方に虫がつくので、白い粉状の薬を体に塗りこむ。彼は山の中を走り回るので吸血性の虫を体につけてきてしまうのだ。横に寝かせて体中にまんべんなく塗りこむ。だが彼はこの薬が嫌いなようで、スキがあれば逃げ出そうとする。首輪を押さえて塗りこむのだが、終わると彼は立ち上がり、体をブルルルルと震わせて、せっかく塗りこんだ薬をとばしてしまう。そして私の方を見て尾を振る。やれやれ。


  薬草の実を収穫する。胡椒のような香りがする実だ。この紫色の実にはたくさんのハチやハエなどが集まっている。それらを観察しながら実を収穫していたら、誤って左の小指を鋏で切ってしまう。ざっくりと。傷が深い。自分で自分の小指を切ってしまうとは・・・あきれてしまう。

 小指の根元と傷口を押さえたが血はどんどんあふれ出す。カン先生が驚きすぐにやって来て、絆創膏を巻いてくれた。だが血は止まらない。絆創膏の隙間から溢れ出してくる。絆創膏を何重にも巻き、傷口を押さえて石の上に座る。空を見上げる。雲の下を鳥や虫たちが飛んでいる。

 傷口が痛む。小指が脈打つ。押さえている傷口から血が滴り落ちる。黒い土のうえに赤い滴が落ちる。こんなにも血って赤かったんだなぁと思う。自分も所詮は動物なのだ。あの子犬と同じように赤い血が流れている。


 私の体の中にも海があり、そして波が揺れているのだ。
 海岸の砂浜に座り、波の形を見つめていると落ち着くのは、そのためだろうか。
 ただ体の中の海は、いつかはその動きを止める。波はなくなるのだ。そのことを分かっているのにリアリティーがない。自分の持ち時間は限られているのに、自分の中には永遠の波があるように思ってしまう。

 だが今日、この韓国の山奥で確かに感じたのは、指のズキズキする痛みと、あの白い子犬の速くて力強い鼓動だ。どちらのビートも命の確かな脈動だ。

 今、子犬たちはすやすやと眠っている。彼らはどんな夢を見るのだろう?

 

2012年8月26日日曜日

2000億光年の眼差し

 入り口の端に座り一人の男がタバコを吸っている。店に入ると他の客は誰もいない。
 私は最近、ゴミ清掃のおじさん達が集まる時間を避けてこの食堂に来ている。理由は一つ。私がいるとみんなに気を使わせてしまうからだ。
 おばさんに挨拶を言い、席に着く。テレビではニュースが流れている。黒い作業着を着た男が一人入ってくる。おばさんが朝食を運んできてくれた。ニュースでは豪雨のため土砂災害があったことを告げている。黒い作業着を着た男が食事をしながらじっと画面を見つめている。

 私は嫌な予感がした。未来に対するこういう空気の微妙な変化は誰もが感じるものだと思う。そしてその空気のわずかな揺れは現実を引き寄せる。
 次のニュースは領土問題と慰安婦についてのものだった。黒い作業着の男が食事を辞め、じっと画面を見つめる。私も箸を止め画面に目を向ける。
 ある日本人がソウルの日本大使館前にある慰安婦像(韓国では追軍売春婦像)に「竹島は日本固有の領土」と日本語とハングルで記された杭のようなものを置く様子が映される。他にも様々な映像が流れる。


 男が舌打ちをする。そして日本の批判を始めた。私は下を向いて、ただ食べ続けた。だが男に呼びかけられる。顔を上げると男は私を指さしている。
「おい、日本に帰れ。そして言え。」
・・・何を言えというのか?私は男の目を見つめる。男は私から目をそらし画面を見つめながら大声で何かを言う。

 店の入り口に座ってタバコを吸っていた男も入ってくる。そして私の近くに立ち、何事かを語り出す。
 食べ物がだんだん喉を通らなくなる。だが私は食べる。おばさんがせっかく作ってくれた朝食だ。私は下を向いて食べ続ける。
 画面に目をやると日本の政治家たちが映し出されている。黒い作業着を着た男は画面を睨み付けている。そして時々何かを呟く。私の隣に立つ男はなおもずっと何事かを言い続ける。

 私は食べる。食べ続ける。何を食べたかは今思い出せない。咀嚼し、飲み込む。私は「食べる」という行為に没頭することで、かろうじてそこに居続けることができた。

 ニュースは別のものになった。黒い作業着を着た男は険しい表情のまま食事を始めた。私の横に立つ男はまだ何事かを語っている。分かる単語は「独島」「大統領」「日本」「日本人」「悪い」「我々の国」「近くにある」「昔」「学校」「若い人」・・・それぐらいだろうか。だが語気は荒い。

 私は食べ終わり立ち上がる。黒い作業着を着た男は私の方をもう見ない。私の横ではまだ男が語り続けている。だが、私の方を見ないようにしている。誰もいない宙を見つめながらしゃべり続けている。
 おばさんに「ごちそうさま、ありがとう。」と声をかける。だがおばさんにいつもの笑顔はない。表情が強ばっていた。
 私はうつむいたまま店を出る。立っていた男が歩み寄り、私の背中に言葉を投げつける。私は一瞬立ち止まり、迷ったが振り返らずに歩みを進めた。

 
「この星に出会った時は驚きました。」
「ふむ。」
「暗黒の中に消え入りそうな青い光が見えたときは、思わず声をあげました。」
「そんなに美しいのかね。」
「はい。時空を超えて長い間探査を続けてきましたが、これほど美しい星に出会ったのは初めてのことです。」
「ほう。」
「ただその青い光は今にも消え入りそうで・・・暗黒世界に浮かぶ一粒の涙のように、それは消え入りそうで・・・。」

「生命体は存在しているのかね。」
「はい、多種多様の生命体が存在しています。」
「いくつめだったかなぁ。」
「生命体が確認できた星はこれで7つめです。ただこれだけ水があり、大気が安定しており、これほどたくさんの生命体が存在する星は、今までありませんでした。我々の星も含めて他の全ての星は過酷な環境ですからね。」
「うむ、そうだな。そうか、そんな星がとうとう見つかったのか。」
「はい。この時空を超えた探査、無駄ではありませんでした。」
「そうだな。そろそろ帰還を考えてもいいんじゃないのか。そんな素敵な星の存在を知ることができたんだ。それだけで充分だろう。」

「ただ気に掛かることがあるんです。」
「ん?どうしたんだ、何か問題でもあるのか?」
「はい。生命体の中に直立二足歩行をするものがいます。そして我々と同じように文明を築いています。しかしテクノロジーにおいてはまだまだで、我々の足下にも及びません。」
「まぁ、いいじゃないか。そんな素敵な星で幸せにやっているのなら。」
「そうとも言えないんです。」
「そうとも言えない?」
「はい。その生命体はいくつかの種別があり、それぞれが固有の文明文化を築き合っています。」
「ほう。」
「そしてお互いが競争し、ぶつかり合い、時には殺し合ったりまでするのです。」


「なるほど・・・。そういえば我々の星もずっと昔にそのようなことがあったと聞いたことがある。」
「はい。ただ驚くのは星全体に見えないラインを引きまくっていることです。」
「見えないライン?」
「はい。陸にも海にも地下にも、そして空にも・・・。」
「何のために?」
「お互いの利益を守るためです。例えば様々な自然資源の所有権を主張するために。」
「いったい何のことだ?その星の自然資源はその星に生きる全ての生命体のものだろう。他の生命体からの許可はとっているのか?」
「いえ、自分たちだけで勝手に決めています。」

「何故?何故他の生命体と話し合わない?」
「彼らは我々のように他の生命体と交信するすべがありません。そして自分たちだけが万能だと思っているようなのです。」
「万能?自分たちの生きる星に見えないラインを引きまくり、未だに殺し合いをしている生命体が、万能?」
「はい。彼らは自分たちのことを特別だと思っているようです。そして他の生命体を自分たちよりも下等なものと位置づけています。」
「うむ。それで彼ら以外の生命体は何と言っている?」
「植物、微生物を含めた全ての生命体と交信をとりました。」
「それで?」
「結論を言います。あの直立二足歩行の生命体は、この星のためには不必要な存在だということです。特に彼らが出す放射能を初めとする様々な有害物質には、植物や微生物が心を痛めています。」
「どういうことだ?」
「自分たちが浄化することができる限界を超えていると・・・。このままではこの星の終わりは近いと・・・。」


「そうか・・・。それでその直立二足歩行の生命体は何と言っている。」
「それが・・・交信できないんです。彼らとは・・・。」
「何故だ?そんなことはあるまい。我々はあらゆる生命体と交信するすべを持っているじゃないか。」
「はい。しかしできないんです。こんなことは初めてです。・・・もしかしたら彼ら自身が、自分たちは万能であり、全ての生命体の頂点にいるというその心象が、厚い壁になっているのかもしれません。」
「うむ。・・・そうかもしれんな。」

「動いてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「彼ら以外の全ての生命体が、彼らのことを不必要だと言っているんです。今、我々が動かなければ、この星は滅びてしまうかもしれません。」
「だめだ。動くことは許可できない。」
「しかし・・・。」
「我々はこの大宇宙の隅々にまで時空を超えて探査を行っている。だが、一つの大事な取り決めをしたはずだ。他の生命体には絶対に干渉しないと・・・。その星のことはその星の生命体でなんとかしなければならない。そのことを忘れたわけじゃあるまい。」
「もちろん忘れてなんていません。しかし、この奇跡のような星がなくなるかもしれないんですよ。」


「もしそうなら・・・、もしそうなってしまうのなら、それは仕方のないことだ。」
「あの直立二足歩行の生命体に、この星の運命を託すんですか?彼らはそれぞれが見えないラインの中の幸せばかりを考え、お互い神経をとがらせ、殺し合いさえする生命体です。そして他の生命体の声を聞こうとはしません。」
「うむ。だが、我々の星のことを考えてみろ。かつて我々の星もそうだったと聞く。だがそれを乗り越えてきた。だから・・・見守ろうじゃないか。」
「見守る・・・。」

「そうだ。そうするしかない。君の一部をその星のどこかに置いておきなさい。もしそれを感じることができるものがいれば、その声の意味を考えるだろう。そして、次の一歩を踏み出すはずだ。私たちは見守り続けようじゃないか。君はもう帰還したまえ。帰りも長旅になるが、君とふたたび会えることを楽しみに待っているよ。帰ってきたら聞かせてほしい。この大宇宙の様々な星に生きる生命体の話を。・・・命の話を・・・聞かせてほしい。」

 

2012年8月19日日曜日

夏、海風に包まれて

 日本から三週間ぶりに韓国のアパートに戻る。
 博多までは家族が車で送ってくれた。博多から高速艇で釜山の港へ。そこからタクシーで高速バスターミナルのあるササンへ。

 タクシーの運転手は日本語ペラペラのヤンさんという運転手だった。13年前から日本語を学んでいるという。
「日本語お上手ですね。」
「そんなことありませんよ。」
「どこで勉強したんですか。」
「ここです。車の中で勉強しました。」
そうか・・・客待ちの時間を利用して勉強し続けてきたのだ。独学で13年間・・・。ここにもまた見習うべき人がいる。いつも師は身近にいるものだ。

 ササンからチンジュ行きのバスに乗る。
 ぼんやりと流れる景色を眺めながら過ごす。ピンク色に染まっていた空がやがて濃い紫色へと変わっていく。チンジュのバスターミナルからまたタクシーをひろい、アパートへ。一日がかりの行程である。


 ドアを開けると熱気のこもったよどんだ空気がそこにあった。
 台風が来るかもしれないので全ての窓を閉め切ってでかけようと思ったのだが、トイレの窓だけ数㎝だけ開けておいた。室内に熱がこもりすぎると思ったからだ。だがアパートの空気は死んだように動きを止めていた。

 私はすぐに一番気になっていたものに目を向ける。そして声をあげる。工業科の先生からもらった多肉性植物。全ての葉を落としていた。帰国する前、たっぷりと水を与えたのだが、この部屋の熱気に耐えられなかったようだ。どの葉も枯れているというよりは、焦げているように真っ黒で、さわるとカサリと崩れてしまった。茎だけはまだかろうじて生きているようにも思える。乾ききって熱を含んでいる土に水を与える。
 窓を開け、扇風機と換気扇を回し、新しい空気を部屋に取り込む。シャワーを浴びた後、買ってきたビールの栓を開け喉を潤す。
 茎だけになった多肉性植物もこの部屋もそして自分もほっと一息をつく。


 朝起きていつもの食堂に行く。
 少し時間をいつもよりずらして行った。テレビのニュースではひっきりなしに竹島・独島の問題をとりあげていたため、そのニュースが終わってからアパートを出た。おばさんは私が店に入ると、大きな声を上げ満面の笑みになった。
「お帰り、久しぶりだねぇ。」
「こんにちは。」
「会いたかったよぉ。」
「またよろしくお願いします。」
「あーホントよく来たねぇ。お茶、冷えたの出すね。」
私はホッとした。韓国ではいつもこのおばさん達の笑顔に救われる。

 昼には市場にでかけた。
 ここをのんびりと歩くと何故か気持ちが落ち着く。野菜、魚、肉、果物、様々な乾物や惣菜、食器や衣服、そしてそれらを売るアジュンマ達。様々な色と臭い、そして音がチャンプルになって体をやわらかに包み込む。


 細い路地をゆらゆらと歩く。市場の中のほとんど人通りのないところにある小さな食堂に入る。テーブルが三つ。おばさんが一人でやっている。「テジクッパチュセヨ。」というと豚肉の煮込みと様々なキムチや惣菜が運ばれてくる。
 市場に来たときは時々この食堂に入る。いつも食事時を避けて行くので、今日も客はいない。私一人だけだ。

 このおばさんは私のことを信用しきっており、いつも私が食事を始めるとどこかに行ってしまう。自分の用事のために出かけてしまうのだ。他のお客だって来ることもあるし、売上金だってそのままである。私が悪人だったらどうするのだ?
 だが、おばさんはいなくなる。食べ終わっておばさんが帰ってくるのを待つこともある。店番をやらされているようなものだ。
 やはり今度もおばさんはいなくなった。ここまで異国人を信じるっていうのもなんだか凄味を感じる。そしてこちらも信じられる気持ちよさがある。店の前でしばらく待っていると、「ごめんね。」と笑いながらおばさんが路地の奥から歩いてくる。
 私はおばさんから「この男は大丈夫。」と思われているようなのだ。まぁそれもいいだろう。とにかく韓国ではアジュンマ達に救われているのだから。


 この夏、日本ではいろいろなことをしようと思っていた。だが結局何一つ手をつけることなく終わった。日本の夏にどっぷりと浸かってしまった。

 朝、私は一番に起きる。ゴミ出しに出る。ぞうりを履き、田んぼに挟まれた道を歩く。朝日がまぶしい。空が高く広い。雲が朝焼けに染まっている。海からの風が心地いい。
 家に戻り、ご飯を炊き、味噌汁を作り、魚を焼く。ネギを刻み、納豆をまぜる。家族が起きてくる。みんな夏休みなのに予定がびっしりと入っていて忙しい。何もないのは私だけだ。
 家族を送り出し、風呂を洗い、洗濯をして食器を洗う。コーヒーを淹れ、新聞を開く。テレビをつけてオリンピックを見る。子供の送迎があるときもある。久しぶりの車、慎重に運転する。
 庭に出て草をむしる。除草剤をまく。伸びた枝や蔓を剪定する。

 食材を買いに行く。昼に次男がいるときは一緒に食事をし、その後昼寝をする。海風にあたりながら体を伸ばす。次男は本当によく寝る。そしてよく食べるようになった。
 長男は合宿や試合がたくさん入っており、妻は仕事で忙しい。だからかろうじて自分と時間がとれるのは次男だけだ。
 ウッドデッキのペンキを塗り直す。車のタイヤ交換をする。魚たちの水槽の掃除をする。子供達の自転車の整備をする。

 次男と格闘ゲームをする。海に行き一緒に泳ぐ。小魚の大群を二人で追い込む。
 スイカを切り、一緒に食べる。
 風呂に二人で入り、いろいろと話をする。その後、冷えたビールを飲む。

 この夏そんなふうにして毎日を過ごした。


 痛めていた肩や首がいつのまにか治っていた。強ばっていた心もほぐれた。日本の夏が癒やしてくれた。

 さて新学期が始まる。残り半年、笑顔で頑張れたらと思う。
 それにしても時が過ぎるのは早い。泣けるほど早い。歳と共にその加速度は増していっているように思う。

 一日一度、空を眺めようと思う。