ファン先生はこの春転勤してきた男性教員である。
40代後半か、50代前半と思われる。背が高く、筋肉質で色が黒い。少し背を曲げゆっくりと歩く。
私は最近になってファン先生が国語の教員であることを知った。ずっと工業か、体育の教員だと思っていたのだ。
ファン先生は転勤してきて新二年の一番大変なクラスの担任になった。
このクラスの何が大変なのか・・・。それは授業を成立させるのが大変なのである。まず欠席者が多い。とにかくまず人がいないのだ。いつも電気がついていなくて暗い。ゴミが散乱している。教科書、筆記用具を持ってこない。私が以前授業しに行った時は、20人ほどいなかった。教室に10人もそろっていないのだ。教室を出て生徒を探す。だが、校外に出てしまっていたり、トイレから出てこない者もいる。そして教室にはタバコの臭いが漂っている。
私はこのクラスでは、50分の授業でなんとか20分は集中させることを目標にしている。だがそれも至難の業だ。あとは生徒と雑談したり、日本のドラマなんかを見せたりしている。
ただこのクラスは元気が良くひょうきんなものが何人かいて、よく大声で挨拶してくる。私はこのクラスに行くのが少しずつ好きになってきた。そして生徒ともだんだん仲良くなってきた。
この間、夏休み前の最後の授業に行った。今学期最後なので、はりきって行ったのだが、8人も欠席していた。もう勝手に夏休みにはいっているのだ。
このクラスの担任がファン先生なのである。
ファン先生は、厳しくそして温かく生徒に接している。
朝は通学路に立つ。そして生徒に声をかける。服装が悪い者を注意し、裏道でタバコを吸っている者をつかまえる。いつも職員室の前に何人もの生徒を正座させ、反省文を書かせている。廊下でもよく生徒の肩をつかみ何事かを話しかけている。大きな手のひらで生徒の背中をおもいきりバシッと叩く。竹や木でできた棒で生徒を叩く先生が何人かいるが、ファン先生はいつも素手だ。ドスの効いた静かな声で生徒を叱る。
今、この学校で一番生徒から恐れられていると思う。私が廊下を歩いていると手をあげて元気に挨拶をする生徒も、ファン先生には萎縮して頭を下げる。
ファン先生はいつも早々に昼食を終え、自転車をゆっくりとこぎながら、学校内や校外を回る。そしてタバコを吸っている者やゲームセンターに行っている者をつかまえて、職員室の前に正座させる。
時間があれば生徒の親と連絡をとっている。難しい親が多いようだが、粘り強く語りかけている。そして学校に親を呼び、話をする。この学校には相談室のようなところがないため、いつも親が来ると職員室の端にあるソファーがあるところで話し合いをする。ほとんどの親が、荒れる息子、学校に行かず街を徘徊している息子にどう接していいか分からず悩んでいるようだ。時には全ては学校が悪いと決めつけて大声で学校批判をし続ける親もいる。だがファン先生は親の言葉をよく聞いている。そして言うべきことはびしっと言う。
教頭先生ともいつも何事か相談している。何について話しているのか分からないが、ファン先生の言葉を聞いている教頭先生は、いつも何かを考えている表情を浮かべて黙っている。
私が放課後授業からもどると、誰もいない暗い職員室で、時々一人で机についているファン先生を見かける。パソコンを見つめながら仕事をしているときもあれば、何かをじっと考えているときもある。
ファン先生と共に転勤してきた別のある教員が、私にこう声をかけてきたことがある。
「あなたはいつまでここにいるの?」
「来年の春までです。」
「この学校ひどいね。」
「え?」
「生徒は授業なんて受けないし。」
「はぁ。」
「自分も一年で転勤するよ。」
「え?」
「あなたも来年の春までなんだろ。」
「はい。」
「じゃあ、一緒にさよならだ。」
その先生はその後、自分が今までいた学校がいかに素晴らしかったかということをずっと私に聞かせた。そしていかに自分が生徒達から信頼されていたかということを語り続けた。
その先生が言うには、以前いた学校は生徒達がしっかりと授業を受け、目標や夢に向かって活き活きと生活していたらしい。そしてその先生は生徒からものすごく慕われていて、素晴らしい関係が作られていたということであった。私は黙って聞き続けた。そしてその先生は最後に私にこう言った。
「あなたはアンラッキーな人だ。せっかく韓国まで来たのに。」
アンラッキー?・・・私はなんだか無性に腹が立った。何か胸のずっと奥にある炎のようなものが吹きあがるのを感じた。こんな感覚を覚えるのは久しぶりである。だが何も言わなかった。そして曖昧に微笑んでその先生から離れた。
そういえば転勤していったある別の先生も同じようなことを私に言った。
「今度私が行く学校はいい生徒ばかり。本当にうれしい。ここは設備は一流だけど、生徒は三流だからね。あぁ、あなたはここだけで終わりだったね。」
私はその時も曖昧な微笑を浮かべてその人から離れていった。
「あきらめる人」がいる。「逃げる人」がいる。
だが、「あきらめない人」がいて、「逃げない人」がいる。
ふと職員室の窓の外に目を向ける。
今日もファン先生が一人自転車に乗り、昼の見回りに向かう。ファン先生は少し背中を曲げて上目遣いに自転車をこぐ。小さく口笛を吹いている。
雲間から日差しがそそいでいる。熱を含んだ風が行きすぎる。
「あきらめない人」の歌が遠ざかっていく・・・。
この夏、しばらく日本に一時帰国します。
40代後半か、50代前半と思われる。背が高く、筋肉質で色が黒い。少し背を曲げゆっくりと歩く。
私は最近になってファン先生が国語の教員であることを知った。ずっと工業か、体育の教員だと思っていたのだ。
ファン先生は転勤してきて新二年の一番大変なクラスの担任になった。
このクラスの何が大変なのか・・・。それは授業を成立させるのが大変なのである。まず欠席者が多い。とにかくまず人がいないのだ。いつも電気がついていなくて暗い。ゴミが散乱している。教科書、筆記用具を持ってこない。私が以前授業しに行った時は、20人ほどいなかった。教室に10人もそろっていないのだ。教室を出て生徒を探す。だが、校外に出てしまっていたり、トイレから出てこない者もいる。そして教室にはタバコの臭いが漂っている。
私はこのクラスでは、50分の授業でなんとか20分は集中させることを目標にしている。だがそれも至難の業だ。あとは生徒と雑談したり、日本のドラマなんかを見せたりしている。
ただこのクラスは元気が良くひょうきんなものが何人かいて、よく大声で挨拶してくる。私はこのクラスに行くのが少しずつ好きになってきた。そして生徒ともだんだん仲良くなってきた。
この間、夏休み前の最後の授業に行った。今学期最後なので、はりきって行ったのだが、8人も欠席していた。もう勝手に夏休みにはいっているのだ。
このクラスの担任がファン先生なのである。
ファン先生は、厳しくそして温かく生徒に接している。
朝は通学路に立つ。そして生徒に声をかける。服装が悪い者を注意し、裏道でタバコを吸っている者をつかまえる。いつも職員室の前に何人もの生徒を正座させ、反省文を書かせている。廊下でもよく生徒の肩をつかみ何事かを話しかけている。大きな手のひらで生徒の背中をおもいきりバシッと叩く。竹や木でできた棒で生徒を叩く先生が何人かいるが、ファン先生はいつも素手だ。ドスの効いた静かな声で生徒を叱る。
今、この学校で一番生徒から恐れられていると思う。私が廊下を歩いていると手をあげて元気に挨拶をする生徒も、ファン先生には萎縮して頭を下げる。
ファン先生はいつも早々に昼食を終え、自転車をゆっくりとこぎながら、学校内や校外を回る。そしてタバコを吸っている者やゲームセンターに行っている者をつかまえて、職員室の前に正座させる。
時間があれば生徒の親と連絡をとっている。難しい親が多いようだが、粘り強く語りかけている。そして学校に親を呼び、話をする。この学校には相談室のようなところがないため、いつも親が来ると職員室の端にあるソファーがあるところで話し合いをする。ほとんどの親が、荒れる息子、学校に行かず街を徘徊している息子にどう接していいか分からず悩んでいるようだ。時には全ては学校が悪いと決めつけて大声で学校批判をし続ける親もいる。だがファン先生は親の言葉をよく聞いている。そして言うべきことはびしっと言う。
教頭先生ともいつも何事か相談している。何について話しているのか分からないが、ファン先生の言葉を聞いている教頭先生は、いつも何かを考えている表情を浮かべて黙っている。
私が放課後授業からもどると、誰もいない暗い職員室で、時々一人で机についているファン先生を見かける。パソコンを見つめながら仕事をしているときもあれば、何かをじっと考えているときもある。
ファン先生と共に転勤してきた別のある教員が、私にこう声をかけてきたことがある。
「あなたはいつまでここにいるの?」
「来年の春までです。」
「この学校ひどいね。」
「え?」
「生徒は授業なんて受けないし。」
「はぁ。」
「自分も一年で転勤するよ。」
「え?」
「あなたも来年の春までなんだろ。」
「はい。」
「じゃあ、一緒にさよならだ。」
その先生はその後、自分が今までいた学校がいかに素晴らしかったかということをずっと私に聞かせた。そしていかに自分が生徒達から信頼されていたかということを語り続けた。
その先生が言うには、以前いた学校は生徒達がしっかりと授業を受け、目標や夢に向かって活き活きと生活していたらしい。そしてその先生は生徒からものすごく慕われていて、素晴らしい関係が作られていたということであった。私は黙って聞き続けた。そしてその先生は最後に私にこう言った。
「あなたはアンラッキーな人だ。せっかく韓国まで来たのに。」
アンラッキー?・・・私はなんだか無性に腹が立った。何か胸のずっと奥にある炎のようなものが吹きあがるのを感じた。こんな感覚を覚えるのは久しぶりである。だが何も言わなかった。そして曖昧に微笑んでその先生から離れた。
そういえば転勤していったある別の先生も同じようなことを私に言った。
「今度私が行く学校はいい生徒ばかり。本当にうれしい。ここは設備は一流だけど、生徒は三流だからね。あぁ、あなたはここだけで終わりだったね。」
私はその時も曖昧な微笑を浮かべてその人から離れていった。
「あきらめる人」がいる。「逃げる人」がいる。
だが、「あきらめない人」がいて、「逃げない人」がいる。
ふと職員室の窓の外に目を向ける。
今日もファン先生が一人自転車に乗り、昼の見回りに向かう。ファン先生は少し背中を曲げて上目遣いに自転車をこぐ。小さく口笛を吹いている。
雲間から日差しがそそいでいる。熱を含んだ風が行きすぎる。
「あきらめない人」の歌が遠ざかっていく・・・。
この夏、しばらく日本に一時帰国します。
残り半年間乗り切るために、リフレッシュしてこようと思っています。
みなさんもよい夏を・・・。