2011年11月20日日曜日

決めたこと

うーむすごい。思わず唸ってしまった。この間文化祭が行われたのだが、生徒達はなかなかやる。勉強のときは元気のない生徒達だが、行事は燃えるようだ。まぁ自分たちの高校時代とほとんど変わらない。勉強は嫌いで学校行事や部活は大好きというところが。


  クラスは入学時の成績のいい者、よくなかった者がかためられている。クラス替えはしない。キム先生もイ先生も「このクラス編成は良くない。」と言っていたが同感である。

成績の良いものがかためられているクラスはみなとても意欲的でクラスの雰囲気もよく、いつも授業は楽しく和やかな雰囲気で行われる。日本語の定着もとても良い。質問も挨拶もとても良くする。キム先生はよく出張が入り、その時は一人で授業をするのだが、生徒はいろいろと協力してくれる。日本語、韓国語、英語を交えながら授業を進めるのだが生徒が温かく授業に参加してくれるため笑顔のまま授業を終えることができる。


 だが一方、成績の良くないものがかためられているクラスにはイ先生と一緒に行くのだがなかなか大変である。そのクラスは3人退学し今27人の在籍なのだがいつも5人以上欠席していたり校外に出てしまっていない。このあいだ文化祭前の授業では半分くらいの生徒がいなかった。

この学年だけではないのだが、授業中学校を抜け出しインターネットカフェに行ってゲームをしていたり、路地裏で集団でタバコを吸っているものがいるのだ。地域からも苦情が入ったため、「生徒を校外に出さないように徹底すること。」という伝達が何度かあった。タバコはかなり問題になっていて「3年生のトイレがタバコの大量の吸い殻のため詰まってしまった。」などのメールがよく入ってくる。

毎回熟睡していて全く起きない生徒がこのクラスには何人かいる。この生徒たちは他の授業もずっと寝ている。本当に死んだように熟睡している。生活リズムが完全に逆転していて、昼学校で寝て、夜に活動しているのだ。寝ていても全教科0点でも進級できるとのこと。ただし欠課時数、出欠時数は厳しいようなのだ。つまり彼らは出席するために学校に寝にくるというわけだ。油断をすると他の生徒もどんどん寝てしまう。教室にはごみがたくさん落ちている。教科書は半分くらいの生徒が持ってこない。筆記用具さえ持っていない生徒が何人もいる。喫煙でクラスの半数以上の生徒が指導を受けている。・・・このクラス、半端な覚悟では授業はできない。


 このあいだこのクラスで別の教科の授業中に殴り合いのけんかが起き、そのことで学校に呼ばれた生徒の保護者が長時間に渡って職員室で学校の批判を大声で話していた。担任は女性の英語の先生でとても悩んでいる。

殴り合いのけんかは別のクラスでもあり、ある時キム先生と授業に行くとクラスがいつもと違って異様な雰囲気になっている。床に血が流れていて瞼がひどく腫れた生徒がいたのでけんかがあったことが分かった。些細な言い合いから殴り合いまでいってしまったようだ。まぁでも日本の工業高校に勤めている時にもケンカはよくあったから同じようなものだ。


日本語の授業ではいつも穏やかで優しいイ先生もこのクラスでは厳しい表情になっている。私はこのクラスで自分に何ができるんだろうと考えてみた。そして決めた。「どんな状況になっても全員の生徒に温かく笑顔で接すること。」「一時間の授業時間内に全員の生徒とコミュニケーションをとること。」「どれだけ起こしても起きない生徒にも肩に手を置き語り掛けること。」今これを実行している。

ある時授業中、このクラスの生徒同士がけんかになりそうになったことがあった。二人の間に入り二人の肩に手を置き笑顔で「大丈夫?」と韓国語で語りかけながら暫らくそばにいると生徒たちの高ぶりもおさまった。

そして会話練習では一人一人隣に行って全ての生徒に行っている。一言でも言えた生徒には必ず褒めることにしている。イ先生もいつからか私と一緒に生徒の中に入り個人個人とコミュニケーションをとり会話練習をされるようになった。少しずつだが変化は現れている。発話練習でも声が大きくなってきた。道で会っても挨拶する生徒が増えてきた。自分の決めたことを信じて続けていこうと心に決めた。


 だが、 教員として情けないのだが、このクラスの授業が終わるとふらふらになっている自分がいる。職員室の自分の机にもどるとぐったりしてしまい、暫らく何もできないでいる。

そんな時ふと仲間のことを思う。今この瞬間にも、日本、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランドで頑張っている自分の仲間がいる。仲間達も異国の地で教壇に立っているのだ。

みんなのことをしばらく思う。そうすると何故か体の底からほんの僅かだが充実感が湧き上がってくるので不思議である。



2011年11月13日日曜日

生徒達・・・

 素直で温かい生徒が多いように思う。よく挨拶もする。ひょうきんな生徒、やんちゃな生徒いろいろいる。
私は「~先生」ではなく「~ケン」とフルネームで呼び捨てで呼ばれている。キム先生が何度か「先生」と呼びなさいと指導していたがほとんどの生徒が「~ケン」と呼ぶ。ちなみに教頭先生や何人かの先生方も呼び捨てで呼んでくる。
まぁ我々日本人も外国人を結構呼び捨ててしまっているところがあると思う。他人からフルネームで呼び捨てられることなど初めてなのでなかなか新鮮ではある。


 「アンニョハセヨ」と挨拶をしてくる生徒が多いが、生徒にはできるかぎり日本語で対応することにしているので「こんにちは」と挨拶をしてくる生徒が増えてきた。
 ただ何回も会っているのに「はじめまして」と挨拶してくる生徒もいるし、朝なのに「こんばんは」と言ってくる生徒もいる。
 「~ケン、はじめまして、今何時ですか?」といつも時間を聞いてくる生徒もいる。この生徒はおもしろくて、私が時間を答えるとまたいろいろと質問してくる。
 「今日は何月何日ですか?」「11月8日ですが・・・。」「どこですか?」「え?」「どこですか?」「どこと言われてもここは学校だけど・・・。」「何をきますか?」「は?」「何をきますか?」・・・服のことかなと思い、自分のジャケットをつまみ「これのこと?」と言うと彼は少し語気を強め「何をきますか?」と言い、私に顔を近づけてきてじっと見つめてくる。私はたじろぎ「うーん、わからないなぁ~。モルゲッソヨ(分かりません)。」と首を振ると「~ケン、さようなら・・・。」とどこかへ行ってしまう。
 この生徒は授業の時は教科書も持ってこない。そして平仮名さえ全く読めない。だがチャレンジ精神は見習いたいと思う。
 他の生徒達も自分達の使う日本語が私に通じるのがとてもうれしいようなので、どんな生徒にも笑顔で温かく接することを心がけている。


服装が乱れていたり、ピアスをはめていたり、髪を染めているものもいる。タバコの匂いをさせているものもいる。生徒指導はかなりゆるい気がする。
ここは工業高校なのでほとんどが男子だがわずかに女子がいる。よく挨拶はしてくるし授業も真面目に受けるのだが、女子は全員ピアスをはめ、しっかりとメイクをしている。ピアスや指輪、ネックレスをしている男子もいる。
イ先生によると日本のドラマや映画で生徒達がみんな髪を染めていたり化粧をしていたりピアスをはめたりアクセサリーをつけているのを見て一挙に広まったとのこと。どの作品かわからないが、少し重い気持ちになった。生徒に聞くと「ゴクセン」や「クローズゼロ」かなんかのようだ。ドラマや映画の力は恐ろしい。
 以前授業中に質問を受けた。「日本の高校生の髪型は自由か?染めてもいいのか?」「タバコを吸ったらどうなるか?」・・・もちろんダメだよと言うと不思議そうな顔をする。日本の高校生はどんなイメージをもたれているのだろうか・・・。

 
 基本的にみんな勉強は好きではない。意欲を持って授業を受ける者はわずかである。
 それでもみんが自分に気を遣ってくれているのがわかる。「日本語なんかやる気ないけど、あの日本人なんだか張り切ってるから、かわいそうだし受けてやるか・・・」という心の声が聞こえてくるようである。
 それでも寝てしまう生徒がいるので起こしに行ったり、携帯を使用させないために何度も机間巡視しながらの授業はエネルギーを使う。
 優しい温かい日本人先生を通そうと思ったが、このあいだとうとう携帯を取り上げた。クラス全員が驚きの目でこちらを見つめていた。この生徒はいつも授業を盛り上げてくれていて、随分と私は彼に助けられていたのだが仕方ない。
 

 これから一波乱起こりそうである・・・。

こんなふうに生徒との関係が日々深まっていっている。

2011年11月3日木曜日

カン・サングウという男 ②


 アスファルトの道が終わり砂利道になる。車が激しく揺れる。しばらく山道を登ったり下ったりする。その行き止まりがカン先生のフィールドであった。
 「俺のセカンドハウスだ。週末にはここに来ている。友人たちもここに集まる。」と言う。
 山小屋は二棟あり一つはゲスト用。電気も通っており何の不自由もない。
 山に囲まれた敷地はとても広く全てがカン先生のフィールドなのだ。
 小さな池が二つ。一つは自然のもので、もう一つはカン先生が自分で時間をかけて造ったとのこと。白菜、唐辛子、シイタケ、カボチャなども栽培している。リスが倒木の間からこちらを眺めている。

 犬小屋があったので「犬がいるんですか?」と尋ねると「ああ。」と言う。「今どこにいるんですか?」「わからない。自由だからな。」なるほど、犬もこの山で自由に生きているのだ。
 ふとインドで出会った黒い犬を思い出す。そういえばあの黒犬も海岸沿いで自由に暮らしていた。朝、散歩の途中砂浜に座り込み海を眺めているとどこからともなくあの黒犬はやってきた。海に入っていたのだろう。体は海水で濡れていた。私のそばに来て、いつもじっと見つめてきた。


 熱くて香ばしい香りのする高麗人参茶を飲んだ後、夕食の準備をする。カン先生は野菜を切り、私はニンニクを剥く。練炭と炭にバーナーで火をつけ肉を焼く。外に据えてある木製のがっちりとしたテーブルで食べる。薄暗くなってきた空に月が光りだす。


 カン先生はほとんど英語で話す。私は英語と韓国語をごちゃ混ぜにして話す。お互い言葉は不自由だが何故か意思は伝わる。それぞれの生い立ちや家族のこと、勤務校のこと、韓国のこと、そして今の日本のこと。
 カン先生は20年近くソウルで教員生活をしていたが生まれ故郷に近い学校に勤めることにして、家族ともども移ってきたそうだ。そしてこの山の敷地を買いセカンドハウスを建て、週末をここで過ごしているらしい。
 今の学校は教員も生徒も考え方が狭く新しいことに挑戦するということがないとのこと。「でもまぁ生徒は素直だし、温かいところありますよね。」と言うと「それだけじゃだめなんだよ。もっといろいろなことに挑戦しなくちゃな。」
 韓国は小さく国の力も弱いためいつもいろいろなところからプレッシャーを与えられている。だから徴兵制度もある。南北の統一はこの半島に暮らす誰もが願っていると思うが、大国はそれを望んではいない。今の緊張関係を維持しておきたいと思っているに違いない。韓国はいつも大国に利用されているからな。肉を焼きながらカン先生はそんなことを話してくる。
 「でもサムソンのような世界的な企業もあるじゃないですか。」「ああ、確かにな。だけどじゃあその利益はどこに流れていると思う?いつもこの半島は大国に利用されているんだよ。」
 カン先生はマッコリをいっきに飲み干すと、タバコに火をつける。「日本は韓国にしたことに対して何故謝らないんだ?」「今の日本について話してみてくれ。」私は何も答えられなかった。 赤く染まった炭を見つめたまま言葉が出てこなかった。歴史を真剣に学んだこともなければ、日本についてじっくりと考えたこともない。
 だがカン先生は深くは追及してこない。私が答えられないでいると、「今日は月がきれいだから月明かりだけで飲もうか。」と言い、ライトを消す。
 空の月が存在を顕にする。そして全てのものの輪郭が際立ち、白と黒だけの世界が広がる。
 カン先生を前にしていると自分がいかにつまらない小さな人間であるかを思い知らされる。この韓国の山奥で月明かりの下、一人の男を前にして、自分の人間としての度量というものをあらためて確認することができた。
 時々お互いに言いたいことがうまく言えず沈黙が訪れる。その間を、ビールとマッコリ、白く輝く月、そして冷たい山の空気が埋めてくれる。
 夜になり体が急に冷えてきた。「寒いか?」とカン先生が英語で聞く。「寒いです。」と韓国語で答える。
 部屋に入り巨大なヒーターのスイッチを押す。このヒーターはカン先生の友人からのプレゼントらしい。その他にも山小屋にあるものはほとんどが友人たちが贈ってくれたものなのだそうだ。この巨大なヒーターはものすごく強力で、あっという間に部屋全体を暖めてくれた。
 部屋の壁に木彫りのレリーフが飾られている。『心清事達』と彫られている。それを眺めていると「意味は分かるか?」と聞いてくるので「ええ、分かります。」と答える。「じゃあどんな意味か言ってみろ。」と言うのでめちゃくちゃな英語でなんとか意味を答えると、カン先生は笑顔になりうれしそうにタバコをふかす。きっとあの言葉がカン先生の座右の銘なのであろう。
 私はゲスト用の山小屋の方で眠りにつく。オンドルで温められた部屋は心地よい。

 朝起きて一人、山小屋の周りを散歩する。カン先生はまだ眠っているようだ。山の朝の空気は澄んでいてとても冷たい。
 突然草むらの中から犬があらわれる。朝露で体じゅうが濡れている。しっぽを振りながら私の足に抱きついてきた。そうか、カン先生が言っていたこの山で自由に生きている犬とは君のことか。君の主人はまだ眠っているよ。そう語りかける私を犬はじっと見つめてくる。 
 私はふと思う。カン先生がここに来るのは週に一度。それまで何を食べて生きているんだろう。
 犬はまだ私の顔を見つめている。