映画がクライマックスにさしかかった頃、携帯が鳴る。カン先生からだ。「今すぐ来い。」「今ですか?」「そうだ。待っているぞ。」そして電話はきれる。カン先生はいつもどんな用事なのかは言わない。そして私も聞かないことにしている。
慌てて着替え学校に行くとすぐに車に乗せられた。
一時間ほどでサンチョンという小さな町に着いた。カン先生の生まれ故郷らしい。カン先生に導かれるまま古いビルの地下にある会場に入る。中ではパーティーが開かれている。「俺の友人の母親の誕生会だ。好きなものを食べろ。」という。カン先生は友人たちに私を紹介する。「日本人だ。」とカン先生が言うとみんな驚いた顔をする。私が挨拶をするとみんなお酒や食べ物を勧めてくれる。入れ替わり立ち代りいろいろな人が挨拶をしたり歌を歌ったりしてお祝いをする。
しばらくすると突然カン先生は会場係の人から入れ物をもらい食べ物を詰めだす。「あそこのマッコリ二本持って来い。」と私に言う。私はなんだかとても恥ずかしくてマッコリに手をつけられずにいると「何してるんだ?いいから早く持って来い。」と睨まれてしまう。近くにいる来客者たちは苦笑いをしながらこちらを見ている。食べ物を詰め込んでいるカン先生のところへマッコリ二本を手にして戻る。「帰るぞ。」「え?帰るんですか?」「ああ。」
また車に乗せられる。川沿いを走り、橋の下に車をとめる。「ここで休憩する。」カン先生はタバコに火をつけ、向こう岸の山を見つめる。
タバコを吸い終わると「今から山に入る。松茸を探そう。」と言い、背広を脱ぎ服を着替えはじめる。私はジーンズにパーカー。ただトレッキングシューズを履いてきていたので良かった。
枝を掻き分けながら道なき道を進む。カン先生は獣のようにものすごいスピードで進んでいく。私は見失うまいと思い必死について行く。途中山肌が地滑りをおこしているところに出てそれ以上進めなくなった。「今日はダメだ。俺だけ知っている秘密の場所があるんだが。」カン先生が残念そうに言う。私は息が切れ、体中から汗が噴き出しふらふらになっていた。「戻るぞ。」そう言うとカン先生はまた山を駆け降りていく。
全く追いつけない。枝で腕を何箇所も擦りむいた。隆起した根に足をとられ何度も転びそうになる。枝を掴み滑り落ちないように下っていく。
しばらくすると渓流に出た。カン先生は靴や靴下を脱ぎ足を水に浸しながらタバコを吸っている。私は流れる清水で顔や手を洗い、カン先生と同じように足を水に浸した。水はとても冷たく本当に気持ちいい。滴り落ちていた汗もあっという間に乾いてしまう。
畳8畳ほどもありそうな巨大な平たい岩の上でカン先生はザックを開ける。先ほどパーティー会場から失敬してきたマッコリとつまみを出す。流れる水の音を聞きながら二人で飲み、食べる。夏は水量が増えこの渓流は自然のプールになるそうだ。
「カン先生、さっき先生の友人の母親の誕生会に行ったけど、実は今日は自分の誕生日でもあるんです。」「何?本当か?」「はい。ありがとうございます。こんな素敵な場所につれてきていただいて。」カン先生は私をしばらく見つめ「そうか、誕生日なのか。帰るぞ。」と言う。「え?帰るんですか?」「ああ。」
また車に乗せられ今度はスーパーで降りる。カン先生は肉、魚、野菜、ビール、マッコリなどを買い込んでいく。肉と魚を買うときはじっくりと見て新鮮なものを選んでいた。
「俺の山小屋でこれを食べるぞ。」「え?山小屋?」「ああ。」「先生、山小屋を持っているんですか?」「ああ。あの山にある。」カン先生が指さす方向を見ると、夕日に染まる山がそこにあった。