チェジュドのハルラ山を登る。
標高は1950メートル、韓国では最高峰である。韓国初の世界自然遺産にも登録されている美しい山だ。
朝5時に起き、同僚の先生達とバスで登山口に向かう。
昨夜はあまり眠れなかった。同部屋のカン先生ともう一人工業の先生は、どこかへ飲みに行き部屋には戻って来なかった。私が翌日5時起きであることを知っている二人は、私を誘わず早めに眠らせてくれたのだ。
だが、もう一人の先生のイビキのうるささのため何度も目を覚ました。この先生は、以前このブログでも少し記したが、工業科の先生で、顔は完全にヤクザ顔で声もかすれていて恐ろしい。いつも必要以上に大声で話す。どの先生もこの先生には気を遣っているのがわかる。
この先生が部屋の灯りをつけたまま、イビキをかいて寝ているのだ。そして何と全裸である。パンツさえはいていないのだ。その先生は私には親しくしてくれている。私に親しくしてくれている先生はどの先生も独特の個性を持った人たちばかりなのである。その先生の韓国語はほとんど聞き取れない。いつも大声でかすれていて、独特のイントネーションで話す。
ヤクザ顔で全裸の男がイビキをかきながら、部屋の灯りをつけたまま自分のすぐ横で寝ているのだ。下半身の見たくないモノまで見える。なんとかしてほしい。カン先生ら二人が早く帰って来ないかなと思っていたが、結局二人は朝まで帰ることはなかった。
今までいろいろな国のいろいろな人間と一緒の部屋で寝てきたが、その夜の危険度は三本の指に入った。そっちの趣味がある人ではないかとも思ったのだ。それでも多くの先生方から大量につがれ酔っていたので、浅い眠りにはおちた。
山は雪に覆われていた。
トレッキングシューズにアイゼンを装着する。ヘッドランプを着けている先生のあとに従い、暗い雪道を登っていく。ザックには配られた食料とペットボトル二本。
それにしても他の先生方のフル装備を目にして自分は少し不安になっていた。アイゼンひとつとってみても、みんなは靴底全面を覆う12本爪のもので、自分は4本爪の軽アイゼン。ストックも持っていない。ゴーグルやサングラスも持っていない。自分は雪山が初めてなので、何を装備したらよいのかよく分からなかった。というよりも韓国の南に位置するこの山が、こんなにも雪が積もっているとは想像していなかったのだ。
ずっと昔、ネパールの山を5500メートル辺りまでトレッキングしたことがあるが、あの時は雪が少なかった。こんな雪の中を歩くのは人生で初めてである。とにかく前の人についていくだけだ。
あとは右膝がどこまでもつかなということだけだ。
誰もが身体的に様々な弱点を持っていると思う。私はその一つに右膝がある。長い距離を歩いたり、登ったりを繰り返すと右膝の関節に痛みがはしり、曲がらなくなってしまうのである。右膝が固まり、激しい痛みを伴うようになる。そうなるとほとんど左足の筋力で進むことになる。右足は真っ直ぐのままひきずるようになり、左足の屈伸力を使い進んでいく。そのバランスの悪さからやがて腰や背中、肩や首にも痛みが広がっていくのである。
もう20年以上もこの一連の流れは経験しているので、覚悟はできている。だが今回、もしそれが早い段階できて、途中で登山が続けられなくなったり、遅れてみんなに迷惑をかけてしまったりすることを心配していた。
ただ幸いにも自然とグループは二つに分かれた。速いペースで登る者達と、ゆっくりとしたペースで登る者達・・・。私は後者に属し、一歩一歩登っていく。
やがて朝日が昇り雪山が白く光り出す。
昨日はどんよりと曇り、空は暗かったのだが。今日は青く明るい。そして風もない。
「ハルラ山は霧がかかって山頂が見えなかったり、風が強いことが多いんだけど・・・。こんなにいいときはめったにない。」
と一緒に登る山登りのベテランの先生が言う。その先生はペースを全くくずさず、ゆっくりとだが着実に登り続ける。私はその先生の後ろにぴったりとくっつき登っていった。
高度1200メートルを超えたあたりから右膝に痛みがはしりだし、だんだんと曲がらなくなってきた。ここからは曲がらない右足を軸にして、左足の筋力で登っていくことになる。まぁいつものことだが、少し気が滅入る。というのは、登りはそうでもないのだが、下りは一歩一歩に右膝に激しい痛みがはしるようになることを分かっているからだ。
何度か休憩をとりながら登りすすめていく。雪をのせた木々の枝がしなっている。針葉樹の葉先が白く凍っている。上を見上げると白く染まった樹木らの向こうに真っ青な空が見える。
ふと下を見ると雲海が見える。もうすぐ頂上だ。最後の500メートルくらいは少し勾配が急であった。風も強くなってきた。山頂はすぐそこにあるのになかなか到達しない。
登り初めて6時間近く、途中何度か待避所で休憩をしながらようやく山頂に到着した。どの先生方も笑顔。自分も笑顔。何故か笑えてくる。
「おい、オマエ鼻水がたれてるぞ。」
と体育のドゥマン先生が楽しそうに笑う。本当だ。10センチほどもたれている。つららのように・・・。笑える。
空を見上げる。青い。どこまでも青い。
山頂まで眺められることが少ないというハルラ山。今日は最高の状態で迎えてくれた。感謝。
右膝のことを考えると、これから始まる下りには身震いがする。だが来て良かった。今日はハルラ山を登るメンバーと、登らないメンバーとの別行動の日であった。登る方を選んで本当に良かった。
久しぶりに気持ちいい風を全身に受けとめることができた。太陽に光る雪の結晶がまぶしい。
風がその結晶達を紺碧の空へと舞いあげる。それは風が自らの輪郭を表した一瞬の出来事であった・・・。
ずっと以前、私はこの光景をどこかで見た気がする。この風のかたちのことをしばらく想う。
確かに見た。・・・あれはどこだったんだろう?
標高は1950メートル、韓国では最高峰である。韓国初の世界自然遺産にも登録されている美しい山だ。
朝5時に起き、同僚の先生達とバスで登山口に向かう。
昨夜はあまり眠れなかった。同部屋のカン先生ともう一人工業の先生は、どこかへ飲みに行き部屋には戻って来なかった。私が翌日5時起きであることを知っている二人は、私を誘わず早めに眠らせてくれたのだ。
だが、もう一人の先生のイビキのうるささのため何度も目を覚ました。この先生は、以前このブログでも少し記したが、工業科の先生で、顔は完全にヤクザ顔で声もかすれていて恐ろしい。いつも必要以上に大声で話す。どの先生もこの先生には気を遣っているのがわかる。
この先生が部屋の灯りをつけたまま、イビキをかいて寝ているのだ。そして何と全裸である。パンツさえはいていないのだ。その先生は私には親しくしてくれている。私に親しくしてくれている先生はどの先生も独特の個性を持った人たちばかりなのである。その先生の韓国語はほとんど聞き取れない。いつも大声でかすれていて、独特のイントネーションで話す。
ヤクザ顔で全裸の男がイビキをかきながら、部屋の灯りをつけたまま自分のすぐ横で寝ているのだ。下半身の見たくないモノまで見える。なんとかしてほしい。カン先生ら二人が早く帰って来ないかなと思っていたが、結局二人は朝まで帰ることはなかった。
今までいろいろな国のいろいろな人間と一緒の部屋で寝てきたが、その夜の危険度は三本の指に入った。そっちの趣味がある人ではないかとも思ったのだ。それでも多くの先生方から大量につがれ酔っていたので、浅い眠りにはおちた。
山は雪に覆われていた。
トレッキングシューズにアイゼンを装着する。ヘッドランプを着けている先生のあとに従い、暗い雪道を登っていく。ザックには配られた食料とペットボトル二本。
それにしても他の先生方のフル装備を目にして自分は少し不安になっていた。アイゼンひとつとってみても、みんなは靴底全面を覆う12本爪のもので、自分は4本爪の軽アイゼン。ストックも持っていない。ゴーグルやサングラスも持っていない。自分は雪山が初めてなので、何を装備したらよいのかよく分からなかった。というよりも韓国の南に位置するこの山が、こんなにも雪が積もっているとは想像していなかったのだ。
ずっと昔、ネパールの山を5500メートル辺りまでトレッキングしたことがあるが、あの時は雪が少なかった。こんな雪の中を歩くのは人生で初めてである。とにかく前の人についていくだけだ。
あとは右膝がどこまでもつかなということだけだ。
誰もが身体的に様々な弱点を持っていると思う。私はその一つに右膝がある。長い距離を歩いたり、登ったりを繰り返すと右膝の関節に痛みがはしり、曲がらなくなってしまうのである。右膝が固まり、激しい痛みを伴うようになる。そうなるとほとんど左足の筋力で進むことになる。右足は真っ直ぐのままひきずるようになり、左足の屈伸力を使い進んでいく。そのバランスの悪さからやがて腰や背中、肩や首にも痛みが広がっていくのである。
もう20年以上もこの一連の流れは経験しているので、覚悟はできている。だが今回、もしそれが早い段階できて、途中で登山が続けられなくなったり、遅れてみんなに迷惑をかけてしまったりすることを心配していた。
ただ幸いにも自然とグループは二つに分かれた。速いペースで登る者達と、ゆっくりとしたペースで登る者達・・・。私は後者に属し、一歩一歩登っていく。
やがて朝日が昇り雪山が白く光り出す。
昨日はどんよりと曇り、空は暗かったのだが。今日は青く明るい。そして風もない。
「ハルラ山は霧がかかって山頂が見えなかったり、風が強いことが多いんだけど・・・。こんなにいいときはめったにない。」
と一緒に登る山登りのベテランの先生が言う。その先生はペースを全くくずさず、ゆっくりとだが着実に登り続ける。私はその先生の後ろにぴったりとくっつき登っていった。
高度1200メートルを超えたあたりから右膝に痛みがはしりだし、だんだんと曲がらなくなってきた。ここからは曲がらない右足を軸にして、左足の筋力で登っていくことになる。まぁいつものことだが、少し気が滅入る。というのは、登りはそうでもないのだが、下りは一歩一歩に右膝に激しい痛みがはしるようになることを分かっているからだ。
何度か休憩をとりながら登りすすめていく。雪をのせた木々の枝がしなっている。針葉樹の葉先が白く凍っている。上を見上げると白く染まった樹木らの向こうに真っ青な空が見える。
ふと下を見ると雲海が見える。もうすぐ頂上だ。最後の500メートルくらいは少し勾配が急であった。風も強くなってきた。山頂はすぐそこにあるのになかなか到達しない。
登り初めて6時間近く、途中何度か待避所で休憩をしながらようやく山頂に到着した。どの先生方も笑顔。自分も笑顔。何故か笑えてくる。
「おい、オマエ鼻水がたれてるぞ。」
と体育のドゥマン先生が楽しそうに笑う。本当だ。10センチほどもたれている。つららのように・・・。笑える。
空を見上げる。青い。どこまでも青い。
山頂まで眺められることが少ないというハルラ山。今日は最高の状態で迎えてくれた。感謝。
右膝のことを考えると、これから始まる下りには身震いがする。だが来て良かった。今日はハルラ山を登るメンバーと、登らないメンバーとの別行動の日であった。登る方を選んで本当に良かった。
久しぶりに気持ちいい風を全身に受けとめることができた。太陽に光る雪の結晶がまぶしい。
風がその結晶達を紺碧の空へと舞いあげる。それは風が自らの輪郭を表した一瞬の出来事であった・・・。
ずっと以前、私はこの光景をどこかで見た気がする。この風のかたちのことをしばらく想う。
確かに見た。・・・あれはどこだったんだろう?
4 件のコメント:
すごい景色ですね!
特に最後の写真がステキでした☆
まるで満開の桜のようですね!!
こちらは夏なので、雪景色を見ると気分も涼しくなります。
でもさすがにマイナスとなると…。
やっぱり暑い方がいいかも(笑)
あけましておめでとうございます。
冬休みはご家族と韓国旅行だったんですね。
誰かと一緒の旅行って、絶対自分一人だと行かないところにも行くことになったりして、新鮮ですよね。
雪山、すっきりと晴れた頂上きれいですね。
韓国にこんなに雪の積もる山があるなんて知らなかったです。
ブログを書いているということは、無事に下山できたんですね。
ホリオさんへ、
白く染まった樹々は本当に美しかったです。
やっぱり植物は偉大ですね。
どんな環境のもとでもベストを尽くして生きていますからね。
ところでネットでこんな言葉を目にしました。
「ロシアやオーストラリアでは日本の四輪駆動車が注目されている。故障しないからだ。」
私はそれを読んで「ふーん。」ぐらいにしか思わなかったのですが、最後にこう書いてあり、少し胸が震えました。
「両国においては、車の故障、それは死を意味するからだ。」
・・・これってつまり、雪原や砂漠に一人取り残されるってことですよね。
あなたの今いるところ・・・過酷で広大な自然が広がっているのがよく分かりました。
モリさんへ
あけましておめでとうございます。
元気でやっていますか?
ヨーロッパをまわっているということをホリオさんのブログで見かけましたが、うらやましいかぎりです。
ここ韓国から陸路で行くとなると・・・北朝鮮がしっかりとブロックしておりますので・・・。
ヨーロッパって自分の中ではものすごく美しいっていうイメージがあります。
だからいつかは行ってみたいのですが、今までずーっとアジアのみを巡っております。
まぁとりあえずはプロペラにて、ドイツビールで乾杯できることを楽しみにしております。
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