2013年1月8日火曜日

ソウル 2013

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 もう2013年。スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』が制作されたのは、自分が生まれて間もない頃。
 キューブリックさん、もう2013年になりました。ですが私はどうやら宇宙空間を体験することなくこの世を去ることになりそうです。私の二人の息子達が生きている間には、もしかしたら自由に宇宙旅行ができる時代が到来するかもしれません。あなたがあの映画を今から40年以上も前に制作したということに感服いたします。あなたは2001年を迎えることなくこの世を去り、あなたが美術監督として迎えようとして断られたあの巨匠手塚治虫も21世紀を迎えることなくこの世を去りました。
 手塚治虫の作品群はもちろんのこと、キューブリックさん、あなたの作品も息子達にはいつか見てもらいたいと思っています。学生の頃出会った『2001年宇宙の旅』『時計仕掛けのオレンジ』『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』等々は今でも忘れられません。はっきり言って、今でも身体のずっと奥に恐怖の核のような物として残っています。

 2013年、さてどんな年になるんだろう。自分はどちらの方向に歩いて行くんだろう・・・。

 1228日まで勤務があり、29日に釜山で家族と合流。すぐKTXでソウルへと向かう。    
 旅行計画は全て家族に任せてある。私は旅行の「計画」をたてることがとても苦手なのである。だから一人旅の時はその場その場の直感で動く。そのために今まで多くのものを見逃してきた。
 
 アジアを一人でまわっているときにも、出会った旅人達によく言われたものだ。
「オマエ、あそこに行ったのにあの遺跡を見なかったのか?」
「え?あそこまで行ってあの寺に行かなかったの?」
「あの有名な風景、やっぱりすごいよな。え?行ってないって?」
「祭りは楽しかったか?え?行っていない?知らなかったって?」
・・・と言う具合だ。そしてどの旅人も私に決まってこう聞く。
「それでそこでいったい何をしていたんだ?」
 
 何をしていたのか・・・?何をしていたんだろう?特に何もしていない。朝起きて「今日どうしようか。」とぼんやり考え町をぶらつく。それだけだ。いいにおいが漂ってきたらその店に入る。目的もなく歩き、暗くなれば安宿に戻る。薄汚れたベッドに寝転び、天井を見つめる。町の喧噪に耳を澄ます。そして何か、自分の中で思いが自然と湧き上がってきたら、次の町へと移動する。そうやって大陸を少しずつ移動していた。
 

 あれから長い歳月が経った。
 だが、今でもあの市場の雑踏や、沐浴する人々、道で蠢く両手足がない胴体だけの男、砂漠の熱風、鳴り響くクラクションの渦、緑色に光る瞳を持つサドゥ、踏みしめた雪の感覚、青と白の無音の世界、天高く舞い上がる砂塵、網を引く男達の黒く光る背中、茶色に濁る巨大な河、路上で生活する人々のはち切れんばかりの笑顔、暗闇の中に揺れる炎、人の肉を食う犬、湿地をゆったりと闊歩する野生馬、世界中の旅人達との乾杯、黄金色に輝く巨大な氷の塊、一緒になって井戸水を汲み上げた少女の瞳、揺れる椰子の木、紫色に染まるさざ波、草原を渡る爽やかな風・・・それらをふとしたときに思い出す。
 ・・・というよりも、それらの皮膚感覚的な記憶が体の底から突然湧き上がってくるのである。
 
 
 そういえば友人のKが言っていた。「俺は時々、旅してきた異国の地の風景や空気みたいなものを意識的に思い出すようにしている。」と・・・。何故「意識的に」そんなことをしているのか、その理由を彼は言わなかった。

 高校時代、私が部活だけに情熱を燃やしているとき、彼はアルバイトをして資金をつくり、ザックに寝袋を詰め込んで自転車で日本を縦断していた。
 大学時代、私の下宿にKからのハガキが届いた。インドからのものであった。

 彼と私は同じ大学を目指していたが、彼はその大学に現役で合格し、私は浪人した。翌年、私の合格を聞き、彼がものすごく喜んでくれたことを今でもはっきりと覚えている。私は頻繁にKの下宿を訪れ、様々なことを語り合った。彼は私の何倍も多くのことを知っており、すでに世界各地を巡っていた。
 
 Kとはもうずいぶんと長い間会ってはいない。私の結婚式の2次会が終わり、暗い街角で握手をしたのが最後である。だからもう15年ほど会っていない。年賀状のやりとりで、お互いがとりあえずなんとか生きていることだけは分かっている。
 Kはいつも私の半歩前を歩いていたのだと思う。そしてきっと今もそうなのだと思う。私は今でもKの斜め後ろを歩いている気がする。Kは今、何に向かって歩いているんだろうか?
 

 今年も年末年始は家族とソウルで過ごした。
 家族がたてる旅行計画は、私に言わせると完璧である。1日の予定が盛りだくさんでとても充実している。いわゆる「満喫」できるものである。
 食事に関しても、これでもかというくらい韓国の美味い物ばかり食べまくった。「悔いなし」といったところか。
 「計画」が苦手な私には、身内ながらため息が出る。毎度のことだが、よくこれだけ楽しめるような計画をたてられるものだと・・・。私には到底無理である。


 家族旅行では、とにかく私は全てを任せている。口を挟むとろくなことがないからだ。任せていた方が楽しいし、様々な経験ができる。
 今回は個人的には特にプッチョンハノンマウル(北村韓屋村)が良かった。雪をいただく伝統家屋の連なりは美しかった。

 凜とした空気が気持ちよかった。おばあさんの淹れてくれた熱いコーヒーが身体全体に染み渡った。
 ソウルは今、最高気温もマイナスの世界なのである。

 寒さが、ほどけそうになる思考をまとめてくれる。

 私の隣では二人の息子達がソウルの雪景色を見つめながら熱いココアを飲んでいる。
 彼らの瞳は、これからどんなものに出逢うのだろうか・・・。

 
 
 

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