2012年12月1日土曜日

全てを・・・。

 先日文化祭が終わり、これで全ての行事が終了した。再来週には最後の学年末試験が行われる。勿論、試験後も授業はたっぷりとある。だが試験後はまともな授業ができない。生徒のモチベーションが、がくんと落ちてしまうからだ。どの先生もとても苦労することになる。もちろん私も・・・。
 
 昨年は試験後、学校に来なくなってしまう生徒も少なからずいた。一足先に勝手に冬休みに入ってしまうわけだ。教科書を捨ててしまう生徒もたくさんいて大変であった。
 さて今年はどうなることやら・・・。
 

 文化祭ではダンスに歌にコントに生徒達はとてもはりきっていた。オーディションがあるためとてもレベルが高い。そして生徒達の授業では見られないとても活き活きした姿を見ることができ、こちらも自然と笑みがこぼれる。
 ただ少し疑問に思うことがある。それはこの出演メンバー達が、放課後ではなく授業時間に練習を行うということだ。
 私は最初、これにはとても驚いた。たくさんの先生方からの批判があるにもかかわらず、何故か認められているのである。
 
 授業に行くと生徒達が半分ぐらいしかいないクラスもある。私からみると「練習」と称して授業をサボっているとしか思えないのだが・・・。オーディションも授業時間内に行われる。案の定メールで先生方からいろいろな報告が入る。「練習」と称して空き教室で音楽を聴きながらたむろしていたり、校外に勝手に出てしまったり、そして喫煙。問題山積みなのである。授業がちょっとないがしろにされている気がするのだが・・・。ただこれは文化祭に限ったことではない。
 
 本校には特待生が各クラスに何人かいて、一般授業にはほとんど出ない。機械や電気の専門的な高度な技術を実習棟でずっと学んでいる。そして技能オリンピックのような各種大会にも参加している。卒業後はみんな一流の会社に引っ張られることになる。
 それでも空き時間に日本語の授業を受けに来る特待生もいる。だが、平仮名さえ読めない者がほとんどだ。一学期に全くと言っていいほど授業に来なかったのだから仕方ない。
 だが、彼らは誰もが感じのいい生徒達で「学びたい」という意識がとても強い。ただ中にはクラスの仲間に全くうち解けることができない者もいる。あたりまえである。めったに教室には来ないわけだから・・・。


 本校は吹奏楽部とフェンシング部が強い。どちらも全国レベルである。
 吹奏楽部は毎日早朝練習を行い、放課後もみっちりと練習している。だから授業では疲れ切っている者が多い。だがどのメンバーもとても気さくで私にはよく声を掛けてくれる。真面目な生徒が多いように思う。
 大会直前はやはり授業は免除され、練習に打ち込むことになる。

 だが、もっとすごいのはフェンシング部だ。ほぼ完全に授業に来ない。朝から晩までずっとフェンシングの練習をしている。外部の専任コーチが、つきっきりで一日中指導している。私は教職員バレーでこの若いコーチと親しくなり、食堂で出会った時などは話したりもする。長身で体はごつい。だがとても温かい心の持ち主である。

 それにしても・・・と思う。フェンシング部のメンバーはせっかく工業高校に入学したのに、工業に関する技術を何も身につけることもなく、教室に入ることもなく、様々な行事にも参加せず、社会見学や遠足、修学旅行などにも行くことなく高校生活を終えることになるのだ。
 毎日グランドでトレーニングをし、体育館でフルーレを持ち続けるのだ。汗にまみれながら・・・。
 フェンシングで食べていけるのだろうか?と少し心配になってしまう。誰もが一流選手になれるとはかぎらないだろうから。私には想像もつかない世界がそこにはある。


 ところがある日、やんちゃなメンバーが集まる9組に授業に行くと、フェンシング部の生徒が座っていた。彼の席は一番後ろで、いつもはずっと空席になっていた。声を掛けると、恥ずかしそうに微笑む。大きな大会が終わったばかりで、授業に出る許可をもらい、日本語の授業にやってきたという。もちろん教科書は持っていない。筆記用具もない。体一つでやってきている。

 それ以来、何度か彼は日本語の授業にやってきた。彼と私は何故だかわからないが、すぐうち解けた。最初はふてくされたように机について黙っているだけだったが、私はかまわずに彼を指名した。もちろん彼は何も分からない。平仮名だって一文字も読めない。だが彼は私の後について発話するようになった。

 ある日、彼は授業中スマートフォンでゲームをしていた。まぁ彼だけではない。生徒達は隙あらば何かをやろうとする。それを私は一つ一つ注意している。日本語を教えることよりも、そっちの方がメインになっていると言っても過言ではない。

 彼はばれていないと思っていたようだが、こちらからは机の下が丸見えなのだ。
 私は発話練習をしながら机間巡視をするふりをして、彼の背後に回り込み、首根っこを押さえつけると同時にスマートフォンにすばやく手を伸ばした。彼はさっとそれを隠し、謝った。
「授業中はダメだよ。」というと「分かりました。」と言い、ニヤリと笑う。

 私は内心とても驚いていた。彼の素直な態度に驚いたのではない。スマートフォンを隠したそのスピードに驚いたのだ。

 私は韓国に来てから、スマートフォンをいじくっている生徒をたくさんつかまえてきた。そして確実に現場を押さえていた。いつも私の手の中にブツはあった。100パーセントだ。一度のミスもない。生徒は私の背後からの攻撃に反応できない。できたとしても必ず遅れる。だから最近では私が机間巡視しだすと、生徒達は合図を送りあってすぐ隠してしまう。中には明らかにわざと勝負をしかけてくる者もいる。もちろんいつも勝つのは私だ。それだけ生徒とも親しい関係ができてきたわけだが・・・。

 それにしても驚いた。一瞬のうちにそれはなくなった。
 彼の隣にいるこのクラスの中心人物で、いつも私に首根っこを押さえつけられているやんちゃな生徒も驚いていた。「先生が負けた・・・。」そのやんちゃな生徒は満面の笑みで私を見つめてくる。

 私は低く唸った。
「うーむ。さすがフェンシング部のエースだ。視野が広いし、動体視力と反射力が神の領域に入っている。こやつ、ただ者ではないな。」


 そのことがあって以来、彼は私に親しく話してくるようになった。この間はこんなことを言ってきた。
「先生、俺ってハンサムでしょ?なかなかいないでしょ、こんなハンサム。」
私は苦笑いしか返せなかった。何故なら彼は、はっきり言ってハンサムなのである。そして背が高くスタイルがいい。俳優でもいけそうな感じだ。だけどなぁ~オマエ、自分で言うなよなぁ。
 私はその時決意したのである。今度こそ彼のスマートフォンをとりあげてやろうと・・・。

 ・・・がしかし、彼はまた厳しい練習の日々に戻ってしまった。授業にはもう出られない。一番後ろの彼の席は、ずっと空席のままだ。

 今日もまた彼のマスクの下は汗まみれになっていることだろう。

 そして彼の突き出すフルーレの切っ先は私には見えないんだろうなぁ。
 その私には見えないほんのわずかな空間に彼は全てを懸けているのだ。

 文字通り、青春の全てを・・・。

 

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